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Shall we flamingo?

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れおなのブログ4月4日〜総会、そして今年度の抱負

フラミンゴ隊が発足して、まるっと一年になります。手探り手探り、気づいたら、1年🎵。個性豊かな素敵なメンバーに囲まれ、連続する出会いの奇跡に驚き、感謝しながら、歩んだ1年です。みなさん、どうも、有難うございます😊。まずは私たちの活動の主軸である、障がい児コミュニケーションに関することから、昨年度の動きをざっくりと振り返りつつ、先日の総会で話し合わせていただいた『2019年度』計画についても、ご報告です。1.アナログ的(?)コミュニケーション昨年度は、指筆談コミュニケーションの会を、2回、開催することができました🎵。この方法は、まだそれほど広く認知されていませんし、体験者様からも様々なご意見をいただきます。が、実際に私と息子は現にそれでコトバのやり取りをしておりますので(カタコトですが)、一体、何を言うことがありましょう。ただ、多くの方に実体験していただき、願わくば、より多くの方の心の扉が開かれるのを、待つのみです。 今年度もまた、先生方をおよびします。技術的にカンペキに習得するのは難しいですが(だからきっと、理解が追いつかないのでしょうね)、やりとりできるコミュニケーションの量は、ハンパないのです。そしてこれこそ、いろんな意味で、『継続は力なり』なのです。2.支援機器を使ったコミュニケーションスマホやAIが大変な勢いで広まってきた、この世の中。障がい児者に希望をもたらす技術や機器が、どれほど多くあって、どれほどの可能性を秘めているのか、知れば知るほど、目からウロコの日々でした。視線でパソコンを操作する、なんて、そのさいたるもの!(しかも難しいコトを考えずに、子供達が好きな『ゲーム』から、訓練をスタートさせてあげられるのです。)昨年秋には、この分野を率いて人と人のご縁をつなぎ続けておられる、島根大の伊藤史人氏に、千葉でご講演をお願いすることができました!(ひな鳥フラミンゴがそんなタイそれたことをできたのも、史人氏の広いお心と、金平糖さんという共催団体サマのお陰です。有難うございました!)息子、視線入力ゲーム(EyeMoT3D)を始めてすぐの頃 ↓

れおなのブログ〜食を支える、ミニ講座から〜

昨年より度々お世話になっている、金平糖さんのミニ講座に参加してきました。こちらです↓『食を支える〜いつでもどこでも私らしく食べたい!〜』私は、根っからの食事嫌い。料理するのも、食べるのも(本当です)、あまり好きではありません。できれば3食、カンタンな宇宙食ですんじゃえばいいのに、なんて、本気で思ってしまう人間です。でも、そんな私が、今日はマジメに、「食」について考え、「食べる」ということについて様々な立場の人に思いをはせるという、大変めずらしくも有難い機会をいただきました。実際、こんな私でも、日々、家族に物を食べさせています(ごめんなさい。なんかもう、謝っちゃおう・・)。何といっても、生きていくのに、食べることは、かかせないのです。ちなみに、なおぽんは完全に胃ろう食(ごっくんができないので)です。でも、胃ろうからでもしっかり味が分かるようですし、学校のお給食などもいただいております。良いものをいただいたら、肌ツヤもぐんぐん良くなり、やっぱり「食」の力を感じずにはいられません。言語聴覚士の方と栄養士の方のお話あり〜の、実際のケアフーズ作りもあり〜の、そしてご飯をいただきながら、参加者さんたちと和やかな会話あり〜の、本当に盛りだっくさんの時間を過ごさせていただきました。こちらが、今日作ったご飯です。①トマトサラダ ②ふき味噌 ③熊リハパワーライス。

れおなのブログ〜『ポランの広場』さまさまなおぽん

近頃、なおぽんは風船割りでなく、別のゲームにはまっています。ワンスイッチゲームの一つ、『野球盤』です(EyeMoT同様、『ポランの広場』からダウンロードできます)。視線入力を必要としない、ワンキー(スペースやEnterなど)か、それに相当する手元などのスイッチ一つで遊べるゲームです。本当はなんとかして、重いまぶたをこじ開けてでも、視線トレーニングにつながるゲームをしてほしい親心など、しってか知らずか(たぶん知ってる)、野球盤がしたいらしいのです。どうやら彼にとっては、手に持ったピエゾニューマティックスイッチの方が、まだ操作しやすいようです。くわえて、「もしかして・・風船割り、飽きちゃった?」と、そぉっ〜と聞いてみたところ、ゆっくりと、しかし確かに、目がうなづいたのでした(・・EyeMoT3Dも、風船をお好みの写真にかえたり、いろいろ進化して下さっているのに、手をつけていない母。しまった、と、うろたえる私を横目に、淡々と野球盤にはげむなおぽんです)。ただ「スイッチをおす」という単純な動作だって、しかしタイミングなど難しいようです。ついこの間までは、野球盤でもただボールが投げられ、音楽が流れ、間にピッピと小さななおぽんスイッチの音がランダムに聞こえるくらいだったように思います。ところが、です。最近は、「カーーン!」という、何やら当たったらしい、にぎやかな音が聞こえるようになりました。そして、「ヒット」、とか、「ホームラン」とかまで出ると、なんと観客の歓声まで聞こえるように(そんな音が入っていたことすら、知らなかった〜)!!なんか、うれし〜〜〜〜〜〜〜。

れおなのブログ〜「ザ・スイッチ生活」とは

パソコンと、トビー(視線入力装置)と、手元スイッチ。重度の医ケア&肢体不自由小学生、なおぽんに、ハイテク支援を取り入れて早3カ月がたちました。(ちなみになおぽんが使用している機器はこちら・・・パソコン→mouse MB75W1H17K、視線入力→トビー(Tobii Eye Tracker 4C)、手元スイッチ→ピエゾニューマティックセンサー(PPS)スイッチ)この変化を、何に例えよう。目に見えて何かが大きく変わったわけでもない、なおぽんとスラスラ意思疎通できるようになど、当然なっていません(まだ3カ月!!)。もっぱら、パソコンゲームをまともにさせてあげられるかどうかに悪戦苦闘の日々。だのに、確かに感じる、この胸の中に灯った新しい気持ちは、やっぱり希望に近いような気持ち、というべきでしょうか。この子の道が、もはや霧の中ではない、というような。そして、こんな事がありました。なおぽんの兄はピアノを習っているのですが、年末の発表会前に一週間くらい、せっせとピアノを練習していました(ちなみに、この時期になったらもう、ほめるに限ります)。「いーねーー!仕上がってきたねー、豪華だねぇ〜〜 (ほめまくる母)」とそこへ、「ピー」と、なおぽんスイッチの小さな音が、しました。まだ、使いはじめて日も浅く、発作や緊張の度、ピーピー鳴ってしまいます。それは、今でもそう。でもその時の「ピー」は、あたかも、気楽に弟がお兄ちゃんの演奏を”いーじゃん、わるくなかったよ”とでもいったかのように感じられ、思わず私の中の時間が止まったのでした。本当のところは、神さまとなおぽんしか知りません。ただの小さな発作による誤作動だったのかも。でも、"相づち"だった可能性も、確かに、あるのです。はじめて。ふたりの子供を授かってはじめて、私は台所という離れた場所にいながら、「我が子2人と私」の3人で会話をしたかのような、そんな気がしたのでした。ウッと一瞬胸の奥がつまって(大げさかもしれないけれど)、なんとも言えない思いが胸にこみ上げました。そして、あ、これが、スイッチ生活が始まった、というコトなんだ、と、実感したのです。ピーの表すものが、そんなちょっとした、相づちであってほしいなぁ。押すタイミングも、強さの調節も、なおぽんにとっては一筋縄ではいかないようです。もどかしそうな表情もよく見せます。私も、セッティングがまだまだ下手っぴで、彼の使いやすいように設置できているのか、毎回、自信がありません。視線入力にいたっては、なおぽんの目は一重まぶた、下向きまつげ、などなど、基本的なところから、壁だらけ。こうした支援機器を使っていることに対するはっきりした成果を、世の中からは期待されてしまうかもしれないし、そうなると、なかなかの遠い道のりではないかと、途方にくれちゃう時もあります。が。ほんの一瞬でも、そしてたとえ私の勘違いであっても、こんな感じに新しい感動を運んで来てくれるものが、「ザ・スイッチ生活」なのです。日々の生活のあっちこっちに、こうしたささいなキラメキが見え隠れし始めています。それは、リアルに本人を感じられるもの、と同時に、たくさんの可能性を秘めたもの。ちょっとずつ、ちょっとずつだけど、なんだかワクワクします。とにかく、ちゃんとした道具や支援さえあれば、なおぽんのような重度障がいを持つ子供にも、そしてその家族にも、可能となる経験がたっくさんある、ということなのだなぁ〜と思います。さ、あとは、パソコンへのゲームのダウンロードや設定、そして、熱く温かいご好意で入手させていただいた、”miyasuku”を、いかに(アナログ系)母が使いこなし、今後なおぽんに提示してあげられるか。日々、勉強です。

れおなのブログ〜未遂に終わったある体験についての記録

昨日は、ヤギの足あと形の雲に出会いました。なんだか、とても可愛い。さて、私がおっちょこちょいなのは、だいぶん知られた話だと思いますが、今日もまた、やってしまいました。朝から、家の絨毯そうじに総着替え(自分の)です。今朝は、ちょっと自分の気分を上げていこうと、良い香りがする紅茶を入れました。そしてこの紅茶に、ミニサイズの角砂糖を入れるのが、最近のお気に入りなのです。熱い紅茶に、角砂糖をポトン、と落とすと。。ジュゥワっという、なんとも言えない、音がします。この、お茶に角砂糖が溶ける時の音って、特別な響きがあります。お茶が出来上がるのを待つ、ワクワクした気持ちが手伝うのか、はたまたお砂糖の甘さが一緒に口に広がるような、そんなイマジネーションからなのか、とにかく、1度や2度では飽き足らない、そんな素敵な効果音に、私には思えるのです。そこで、ふと、思いついちゃったのです。「そうだ、なおぽんにも聞かせなきゃ」と。以前に、ICT機器で自由にコミュニケーションをとっておられるお嬢様のお母さんと、お話しさせて頂く機会がありました。あんなに自由に娘さんと会話をしている〜〜!ということばかりに感動する私でしたが(娘さんはなおぽんのように重度肢体不自由の方です)、お母さんから聞いた、あるお話しに、ズドン、ときました。それは、こんなことだったのです。たとえば、「空が青い」といったような、私たちがごく当たり前のように見たり感じたり経験して表現していることを、案外知らないまま(なぜなら彼らは十分に経験できずにいるから)、かもしれないのだということ。娘さんが作文を書くときに、あれ?とお気づきになり、今でも日々、いろんな経験やそれを言葉にする勉強を意識されている、ということ。・・そうなのでした・・。自ら体を動かせずに育ちゆく子らにとって、手や足に触れるもの、そして見るもの聞くもの、においうもの・・五感を使った体験の量は、圧倒的に少なくならざるを、得ないのです。そしてそれは、必死で命を守る家族にとっては、どうしても二の次になってしまうけれど(そしていつしか忘れたり諦めたりしているけれど)、とっても、とっても大切なことなのです。案の定、なおぽんの意思をきけるようになることにばかり、気持ちが飛んでいた私に、それはとてもハッとさせられる、大事なことを教えてくださったのでした。だから、そう。紅茶に角砂糖が溶ける音も、聞かせねばなるまい、と思ったまでなのです。が・・・。あんなに見事にぶちまけるとは・・・。せめて、一個の角砂糖の『ジュゥワっ』くらい、ジュゥワっの『ジュ』ぐらい、聴かせてあげてから、ぶちまけていれば、まだ、少しは良かったものを・・。幸い、なおんぽんも、なおぽんのバギーに備え付けた様々な機器たちも、無事だったということだけ、申し添えておきます。不幸中の幸い。また、トライします。