れおなのブログ~ネガティブ・ケイパビリティ~
ここ数日の大雨被害にあわれた方々、避難している方々、落ち着かない日々を過ごしている方々、どうか、ご無事で、乗り切られますように。どうか、障害のお子さんを抱えた方々が、ひどい被害に遭われていませんように・・。皆様のご無事を、心から、祈っています。
お久しぶりです。ちょっとこちらのブログに、ご無沙汰してしまいました。なおぽん、元気です。母、元気です。6月から再開した学校へ、ほぼ毎日、通っています♫
5月には、私の仕事も半分再開し、すこ〜し緩やかなスタートを切ったかなぁ・・と思っているまに、うわっと、フルスピードで、6月が駆け抜けて行きました。
ステイホームの間は、アルコールある?(飲む方でない)とか、マスク作ったよ〜とか、フラミンゴ隊内でも、また外部からも、ちょこちょことお声がけをいただき、本当に、感謝しています。
まるで、重度障害児を抱えた私たちと、全くおんなじ・・とまではいかないけれど、どこか似た環境で、世の中全体が過ごされているのを、なんとも、複雑な思いでみながら過ごした、ステイホームでした。
簡単に外出できない、在宅で子ども抱えて仕事、気にかける衛生状態、・・とか、とか(決して、重度障害児抱えた親のみんなが、やってないことも・・含みますが(笑))。
ケッコー、日常。
でもやっぱり、それにしてもやっぱり。
長かったですね。
何よりも、自分だけのことでなく、他の方に知らず感染させてしまうかも、という、今まであまり経験したことのない、心理的葛藤を強いられている状況です。
この新手のストレスは、よく聞く表現ですが、本当に、私たち(人類)みんなに課された「テスト」のようなものだなぁ、と、つくづく、思いました。
うん、試されてる、私たち。
試されてはいるけれど、でもです。なにも、それに対して、ただひたすら、重い心で耐えるっていうのは、性分では、ありません。幸い、私の強力な天性は、こんな状態でも心配に及ばず、という状況をぐいぐいと引き寄せてくれて、何かを考える、余裕すらないのだから、びっくりです(笑)。ここにきて、また、人生のスピードアップしている私・・・の話は、ひとまず今回おいといて。
で、さすがに、ぼちぼちブログも書かなきゃ〜(時間みつけなきゃ)、なんて思っていたら、突然、仕事関係の書類の中から、「ネガティブ・ケイパビリティ」という面白い言葉を発見しました(こりゃあ書けってことね!)。
この言葉、最初は、「なんじゃ、そりゃ?」って思いましたが、知ってみると、「わぁ、すごい〜」って感じです。すでにご存知の方も、いらっしゃるでしょうか?
ネガティブ・ケイパビリティとは。
『どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力』
つまり、答えなんてどこにもないような状況、「宙ぶらりん」の中にいる。でも、せっかちに、答えを求めない。けれども、「諦め」ではない。その先にきっといい発展が待っていると希望を確信しながら、今を、耐える能力。
みたいな、ことらしいです。
おぉ、今にぴったり!
おもに精神科医の先生方がお使いになる(学ばれる?)言葉のようで、それは、回復に長い道のりを通る患者さんに(ギャンブル依存症とか)、長いこと諦めずに寄り添っていく(いかねばならない)先生方ご自身にとって、とっても、必要で、頼りにできる、言葉なのだそうです。自分の頭から、知識や、マニュアルを捨て去って。
ご興味のある方は、帚木(ははきぎ)先生の書かれた文章を、ぜひ、読んでみてくださいね(全く存じ上げませんが、勝手に紹介)。
↓ ↓
複雑な課題を解くカギは「耐える力」にある? ネガティヴ・ケイパビリティの技法を学ぶ
こちらの記事には、この言葉の説明をこえて、たくさん、素敵な言葉や表現が散りばめられています(読んだ人それぞれに響く言葉が、あるかも)。本当に、書かれているとおり、精神科医だけじゃなくって、私たちみんなが持っていてもいい、一つの「心の持ちよう」なんじゃないかなぁ・・と、思いました。
以下、一部引用します。
_________________
ネガティヴ・ケイパビリティは諦めることを意味していません。いまは変えられないとしても、その不確実な状態に努力して耐え、希望を見いだしていく態度です。患者とともにそれを見いだしていくことが、治療者のあるべき姿でしょう。依存症の治療の多くは、初診での見通しは裏切られるんです。予測も想定もできないとしても、長期的思考で患者に寄り添いながら、前に進んでいくほかありません。
__________
重度障害児者、って言葉に一部おきかえてみれば、これまた、いける!
「ネガティブ・ケイパビリティ」、ゲットだぜ!(なおぽん、まだポケモンブーム中)
どうぞ、皆様お元気で、お過ごしください♫
0コメント